学長室の窓

学長法話:365体育投注_365体育备用网址-【唯一授权牌照】@八年度降誕会

2026年5月20日に行われた、365体育投注_365体育备用网址-【唯一授权牌照】@八年度降誕会法要の際の学長法話です。
●降誕会とは
本日はお釈迦様のご生誕をお祝いする大学行事、「降誕会」でございます。これは今から2500年ほど前に仏教の開祖お釈迦様がお生まれになりましたその祝いをする行事であります。
この行事の大事なところは、その際、最初に話されたという「天上天下唯我独尊」というお言葉をどのように理解していくかというところにあります。私が思いますには、この言葉は「私たちは命の尊さを大事にいただき、気づき、生かしていかなければならない」という意味に理解するのが適切でありましょう。「天にも地にも尊い我に目覚めよ」。そこには、「この世界に生まれ落ちた命ある者として、これ以上ない尊いものにまず気づくところからすべてを始めましょう」という思いが込められているのです。
 
●釈尊降誕
まずお釈迦様のご生誕についてのあらましをご説明いたしましょう。インドの伝承では、兜率天というはるか高いところに神々の世界があって、お釈迦様はかつてそこにいらっしゃったのだと言い伝えられております。
地上では、時に紀元前463年、処はインドとネパールの国境あたりに釈迦国という小さな国がございました。「国」といっても、その広さはちょうど日本の埼玉県と同じぐらいの面積であったようです。釈迦国は、国王スッドーダナがなかなか子に恵まれなかったという問題を抱えていました。王もお年を召しており、妃のマーヤー夫人(ぶにん)になかなか子供が授からなかったのです。
ところがある時、マーヤー夫人が不思議な夢を見ました。それは白い象、しかも六本の牙を具えた象がマーヤー夫人の体の中に入ってくる夢で、すると夫人はにわかにご懐妊されました。そしてそろそろご出産を迎えるという時に、当時の習わしに則って、ご自分の生まれ故郷であるコーリヤ国へ出産の旅に向かったわけであります。今でも日本では、初産を迎えるときにはご自分の生家に戻って出産される習わしが地方によっては残っておりますが、釈迦国も同様でありました。
マーヤー夫人が国境付近の真っ白い花々が一面咲き乱れる美しいルンビニーの丘に差し掛かった時、夫人は駕籠の行列を止めてその花々の下を散策しようと降り立ちました。その中でもひときわ大きな花を見つけると、「まあ綺麗???」とつぶやきながら右手を高く差し伸ばしたそうであります。するとその時、にわかに産気づかれ、ご出産となったわけでございます。ご高齢の出産でありしかも初産、そしてなんと言っても旅の途中です。突然の出来事にお付きの人々は大慌てだったことでしょう。
大変な難産ではありましたが、お釈迦様がお生まれになったまさにその時、兜率天の三十三の神々が楽器を鳴らし、歌を歌いながら地上に現れ、ご誕生をお祝いしたとあります。そしてこのお誕生の時に、「天上天下唯我独尊」というお示しがあったと伝えられているのです。
●ウパカ経
この「天上天下唯我独尊」という言葉をめぐっては色々な議論がなされてきました。しかし実を言うと、これは後世に付加された挿話なのです。この話が何の根拠もない作り話なのかというと、そういうわけでもありません。これは元来、「ウパカ経」という初期経典にあったエピソードなのですが、それをお釈迦様のご生誕の話の中に挿入してしまったために意味がわかりづらくなってしまったのです。
ウパカ経では、インドのブッダガヤで悟りを開かれたお釈迦様が鹿野苑というところを目指して旅に出られ、その道すがらウパカという若者に出会った時のことが物語られています。お悟りを開かれた後、お釈迦様の最初に行った説法がこの「天上天下唯我独尊」でありました。この経典の中では、ウパカという若い修行僧が「生きること」「修行すること」といったすべてに悩みを抱えていた様子が述べられています。「私の修行は間違っていないだろうか」「私は果たして悟りを開くことができるのであろうか」「自分の学んでいることは本当に役に立っているのだろうか」と。ウパカはこのようなことを自分で懸命に考えていたのですね。
そこへ、悟りを開いたばかりの35歳の若きお釈迦様が現れます。田んぼのあぜ道ですれ違いざまに、ウパカは「この方は普通の方ではない」と肌で感じたようであります。おそらくオーラのような神々しいものを感じたのかもしれません。ウパカは、「すみません、あなた様は特別な方と見えますが、あなたは悟りを開かれたのでしょうか」と問いかけました。お釈迦様は、それに対して静かにうなずかれます。するとウパカは、続いて「あなたはどこで悟りを開いたのですか?あなたの先生は誰なのですか?どこで修行するとあなたのようになれるのでしょうか?私はあなたの修行しているところに行きたいのです。一緒に連れてってください」と尋ねます。お釈迦様はこの問いに対して「天上天下唯我独尊」とお答えになったのです。
●天上天下唯我独尊
「天上天下唯我独尊」とは、「ウパカさんとやら、あなたは修行に迷いを起こしているようだが、修行?勉強というのは『どこでするか』とか、『どういう立派な先生についたら悟りが開ける』とか、そういうことではないのだよ」の意味でした。お釈迦様は、「まず自分自身が己の存在の尊さに気づくこと、そして何よりも『自分が何を求めているのか』『今の学び、今の勉強は何のためなのか』『どういう人生を目指しているのか』、それがあなた自身の中から出てこなければならないのだ」との意味を込めて「天上天下唯我独尊」と諭したのであります。平たく身近な例で例えると、ウパカの問いは仙台駅前ですれ違った立派な人に、「あなたは立派な学生のようですね。あなたはどこで勉強されましたか?どんな名門の大学ですか?どこですか?」と訊ねたようなものです。つまりブランドのような意識が頭にあっての問いなのですね。「どこか立派な修行道場の立派な先生のところでご修行されている方なんだろう」という考えです。しかし、「学び」というのはそういうものではありません。まずもって「己自身が何を目指しているのか」「己の目指す人生の目的とは何なのか」というところから出発する必要があります。それは人に与えられるものでもなく、押し付けられるものでもなく、ましてや借りてくるものではありません。自分自身が自分自身の人生を自分自身で歩いていくしかないのです。そのためには、「己自身の存在」というものに向き合い、気づく必要があります。
●己自身の存在、己の命、己の人生、全ての尊さ
かくして「天上天下唯我独尊」、それは本来「己の命の尊さと己の人生の尊さに気づきなさい」という意味だったのです。今の若い学生の皆さんには古くて馴染みが薄いかもしれませんが、かつて淀川長治さんという映画評論家の方がいらっしゃいました。確か「徹子の部屋」というテレビ番組だったかと思いますが、淀川さんは自分の誕生日が来ると夜にお月様に向かって必ず「お父さんありがとう、お母さんありがとう」と声の限りに叫んでいたというのです。淀川さんは、「子供の頃は誕生日というと、親に祝ってもらっていました。しかし大人になった今では、私が生まれてきて一番苦労したのは親であり、とりわけお母さんだということに気づきました。だからお誕生日には、『お母さん産んでくれてありがとう』と私は叫ぶんです」とおっしゃっていました。誠に深い言葉であります。
お釈迦様の母のマーヤー夫人は、高齢出産のせいで産褥熱のために一週間後にお亡くなりになりました。お釈迦様は、王子であられた時代に周囲に「どうして僕のお母さんはいないの?どうして僕のお母さんはここに住んでないの?」と尋ねました。すると周りの家臣たちは、「王子様のお母様は、あなた様を産むために亡くなられたのでございます。あなたはお母様の命を受け継いで生まれたのでございます」と答えます。こう諭され、お釈迦様は幼いながらに深く思いに沈み、母を思う気持ち、命を思う気持ちに心を締めつけられたと仏伝には記されています。
●降誕会を通じて学生の皆さんに気づいてほしいこと
降誕会、それはお誕生を祝う儀式でありますが、同時に皆様の命の誕生を祝う儀式であり、その尊さに感謝する行事でもあります。皆様の学びが世界中の人々の生きる力となり導きとなる、そのような学びであることを東北福祉大学は願っています。
入学されてまだ 一ヶ月余り二ヶ月弱、まだまだ皆さんにとって不慣れな学生生活かもしれません。でもどうぞ、もし不安があればそれを力と勇気に変えて、皆さん自身の人生を一歩ずつ、あるいは半歩でも、輝けるものにしていただきたいと思います。学長からの本日の法話は以上です。

この記事に関するお問い合わせ

広報部PR課広報担当
住所:〒981-8522 宮城県仙台市青葉区国見1?8?1
TEL:022-717-3345
FAX:022-233-3113
E-Mail:koho@tfu.ac.jp