【学習サポート】
[心理学キーワード] 学習障害(Learning Disabilities:LD)
福祉心理学科 学科長
木村 進
1. 私と学習障害
私は現在,仙台市の「学習障害児等教育検討委員会」の委員であり,同時に「学習障害児等巡回相談事業」の相談員として,いくつかの小学校を訪問し,担任の先生の相談を受ける立場にある。また,大学の授業「障害児の心理I」では2時間ほどこの問題を取り上げているし,不定期ながら宮城教育大学でも半期この障害の理解と教育のための講義をもっている。
私は,30数年,障害をもつ幼児の育児と保育のスーパーバイザー/カウンセラーとして仕事をしてきている。「学習障害」という障害名は,カーク(Kirk,S.)が1963年に最初に命名したとされているが,日本においてこの障害名がよく知られるようになったのは,30年も後のことである。私は,大学院生の時代に,この障害についての文献を読んだ記憶はあるが,自分が扱っているケースの中に,学習障害の子どもがいるのではないかという意識はほとんどもたずに仕事をしてきている。その理由の第一は,後で述べるように,幼児期ではこの障害かどうかがはっきりしないからである。
「学習障害」あるいは「LD」という障害名がかなりポピュラーになってきた今日,この障害についてのきちんとした理解を促進し,またどのように指導したらいいかということについての考えを刺激するために,ここにキーワードとして取り上げることにした。
2. 学習障害(LD)とは
2000年に文部省(当時)は「学習障害児に対する指導について」と題する最終報告書を発表し,その中で,学習障害を以下のように定義している。
学習障害とは,基本的に全般的な知的発達に遅れはないが,聞く,話す,読む,書く,計算する又は推論する能力のうち特定のものの習得と使用に著しい困難を示すさまざまな状態を指すものである。
学習障害は,その原因として,中枢神経系に何らかの機能障害があると推定されるが,視覚障害,聴覚障害,知的障害,情緒障害などの障害や,環境的な要因が直接原因となるものではない。
この定義は,アメリカで広く用いられているものを参考にしていると思われるが,この定義を理解するポイントは,次のように考えられる。
(1) 「全般的な知的発達に遅れはない」としているところから,知的水準は正常範囲にあることを前提にしている。この「正常範囲」をどのように考えるかについては,いろいろ議論があるが,IQ70以上とする説が多いようである。完全に正常範囲ということで90以上を主張する研究者もいる。
(2) 聞く?話す?読む?書く?計算するのすべてに困難さを示すのではなく,この中の特定のものの習得と使用が難しいということである。そういうことから,「個人内差」が著しく大きいと表現される場合もある。
(3) このような困難さは,例えば目が見えないこと(視覚障害)によっても引き起こされる可能性があるが,他の障害によって引き起こされたと推測される場合は,学習障害とは呼ばない。
(4) 学習障害の原因は「中枢神経系の機能障害」を「推定される」とされているところから,育て方に問題があるとか,本人の努力不足とかが原因ではなくて,生まれつき,大脳の働きに軽い問題があって起こってくる障害であるということになる。また「推定」ということは,現在のところ,大脳を調べてみても決め手となるものが発見されていないということであり,後に述べるように,診断(判定)は,もっぱら症状から行われることになる。
以上のような解説を読んで,読者の皆さんは,この「学習障害」というものをイメージできるだろうか? 具体的な理解を促進するために,実際の子どもの姿の例をいくつか紹介しておこう。
■視覚による認知に困難がある場合■
?A君は,小学校3年生。算数では,計算はできるのだが,繰り上がりの桁がずれてしまったりする。プリントに計算問題がたくさん並んでいると,隣の問題のところに答を書いてしまう。物差しを使って長さを測るときには,cmとmmが混乱してしまったりする。
国語では,語彙は豊富であるが,漢字を書くのが苦手で,行をとばして読んでしまうことがある。行動面では,整理整頓ができない,迷子になりやすいなどの問題がみられる。手先の不器用さもある。
?WISC?IIIの検査では,動作性IQが言語性IQより低い。
■聴覚による認知に困難がある場合■
?Bさんは小学校4年生。授業中にぼーっとしていることが多く,担任の言葉の指示がうまく伝わらないことがある。学級の話し合いについていけない。的確な言葉が見つからず詰まったりする。文章の理解や作文に困難を示す。九九が覚えられない。
?WISC?IIIの検査では,言語性IQが動作性IQより低い。
3. 学習障害の診断(判定)
これまでの説明を読んできてお気づきのことと思うが,学習障害と診断(判定)するのは,学習が本格的になってくる小学校の中学年の頃が多い。つまり,国語の学習とか算数の学習とかの中で,常識では考えられないような間違いをすることから,「この子は,学習障害ではないか」(「LDサスペクト」という)と,担任の先生が気づくことが,診断(判定)への第一歩になることが多いのである。言い換えれば,担任の先生に発見してもらえないと,例えば子どもの努力不足や不注意などと解釈されて,放置されてしまうことにもなりかねないので,学習障害についての理解を促進しておく必要がある。
学習障害の本格的な診断は,病院や専門機関に委ねる必要があるが,ここでは,教育現場における判定の仕方について説明しておく。まず,「学習障害児の校内における実態把握基準」(試案)として文部科学省が示しているのは,
(1) 特異な学習困難があること:(1)国語又は算数(数学)の基礎的学力に著しい遅れがある (2)全般的な知的発達に遅れがない
(2) 他の障害や環境的な要因が直接の原因ではないこと
である。(1)のためには,個別式知能検査の実施が必要である。校内において,以上のような情報収集を行い,「LDサスペクト」と判断された場合は,医師,心理学者,教師などで構成されている「専門家チーム」に相談して,専門的意見を聞くことになる。
4. 「特殊教育」から「特別支援教育」へ
現実問題として,学習障害児の圧倒的多くは,通常学級に在籍している。上記の判定や意見に基づいて個別指導計画(IEP)が立てられ,指導が開始されることになるが,私がやっている巡回相談は,そのような通常学級の担任に支援しようというものである。
障害をもつ子どもへの教育は,長い間「特殊教育」と呼ばれてきたが,文部科学省は省庁再編に際して,「特殊教育課」の名称を「特別支援教育課」に変更した。これからは,「特別支援教育」と呼ばれることになる。これは,「特別な教育的ニーズのある子」に対して適切な教育的援助を与えようとするものである。ここにおいて,これまで障害児と呼ばれてきた子どもたちはもとより,軽度の障害をもつ子どもたち,あるいは学習上の困難さをもつ子どもたちにも,その子にあった教育のあり方が検討され,実現されていく方向性が示されたと言えるのである。
参考文献
平山 諭ほか編著 (2003) 『発達の臨床からみた心の教育相談』(発達心理学の基礎と臨床3) ミネルヴァ書房
小松教之編集 (1993) 『障害児の心理』(新教育心理学体系5) 中央法規出版