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[心理学実験I] 心理学実験I レポートのまとめ方
助手
中村 修
心理学実験Iは,前回の『With』で大関先生が書いたように,「実験法」という手法を体得することに重点が置かれていますが,それに加えてもう一つ大事な目的があります。それは,「研究を記述する」方法を学ぶことです。
◆心理学実験の流れ
心理学実験は,以下のような流れで進みます。
(1)実験概要の説明→(2)実験→(3)結果の処理の説明→(4)レポート作成
(実験課題によっては(1)と(2)が入れ替わることもあります。というのも事前にどのようなことを目的とした実験かということを知ってしまうと,結果に影響してしまうことがあるためです)。
(4)のレポートは,これまで皆さんが各教科で作成してきたレポートと毛色が違います。何が違うかというと,「心理学の論文形式にのっとって」まとめてもらうことになります。それではまず,心理学の一般的な論文の形式を説明しましょう。
◆一般的な形式
心理学の論文は,「問題?目的」「方法」「結果」「考察」の4つの部分から成り立ちます。
【問題?目的】大まかに言って,以下の3点についてまとめます。
(1)問題意識の整理:研究のテーマを取り上げた理由,特になぜそのことを研究することが(学問的,社会的に)365体育投注_365体育备用网址-【唯一授权牌照】@なのかということ
(2)これまでの研究の整理:テーマに関してこれまでの研究の動向とそれでわかっていること,これから取り組まれるべき問題点,特に自分の研究に直接関連する研究の紹介
(3)目的:自分の研究で明らかにすることを明確にし,仮説,予想を明示
【方法】ここでは,この部分で書かれていることを読んだ人が同じように実験をやってみることができるように説明していきます。
(1)被験者:被験者の属性(性別,年齢など),人数
(2)実験日,実験場所
(3)材料,課題:実験に用いる機材?物品について説明します。
(4)手続き:実験の「流れ」について説明します。
【結果】ここでは,実験から得られたデータに基づく事実のみをまとめていきます。必要に応じて,図や表を用います。ただし,図表を載せればいいというものではなく,図表のどこがポイントなのか,見るべき点をしっかりと記述します。
【考察】結果の解釈を行います。結果が仮説?予想が支持したのかどうか結論づけます。また,問題のところで整理したこれまでの研究結果との比較から,新たにこの研究でわかったことをまとめます。要は,この研究で明らかになった点,ならなかった点,今後の問題点を整理します。
◆なぜこのような書き方をするの?
前回の『With』で大関先生は「心理学における実験」を以下のようにまとめています。文章をそのまま引用しますが,わざと3つの部分にわけて書いてみます。
(1)ある心理的要因が人の行動にどのような影響を与えるかを検討したい時(研究の動機),
(2)その要因以外の要因を極力排除した状況を作り出して(厳密な統制条件下),影響の源と考えられる要因を加えたり,取り除いたりするなかで(要因操作),
(3)要因が実際に人の行動に影響を及ぼしたかを検討すること(データの分析と判断)。
(1)から(3)までの各部分と「心理学の一般的な論文の形式」を対応させると,「(1)=問題?目的」「(2)=方法」「(3)=結果?考察」になります。要は研究の動機から研究結果まで,その研究に関するすべてのこと,一連の流れを論文で説明しなければなりません。その流れに沿った説明の仕方が,この論文の形式ということになります。もう少し説明を加えましょう。
どの研究法を用いる場合でも,研究は「○○について調べたい,なぜ人は○○のような行動をするのだろう?」という研究の動機?問題意識をもつことから始まります。ただし,漠然とした問題意識だけでは研究は進みません。つまり,「○○には△△が影響するのでは?」という形での「仮の答えを含んだ問い」をもたなければなりません。その点については,前々回と前回の『With』に「心理学研究法のヒント」として私が書いたもの(清兵衛シリーズ(笑)です)を参照してください。研究を記述する際にも,まずは「問題?目的」として,「問題意識から検証可能な問いへ」と至る流れを説明していきます。
次に,この「仮の答えを含んだ問い」をどのような方法を用いて検証したか,ということを「方法」で記します。この部分は本当に365体育投注_365体育备用网址-【唯一授权牌照】@です(もちろん他の部分も大事なのですが)。例えば,ある結果を示した研究で「被験者は大学生30人,実験法を用いて,このような条件で……」ということが説明されていたとします。その研究に興味を示した読者が,「それなら,小学生に同じことをやってみたらどうだろう?」「実験条件をこのように変えてみたらどうだろう?」などと,新たな問題意識をもち,そのテーマの研究を発展させていく,こともあるわけです。ある結果が導かれるのは,それを導き出した方法あってのことです。逆に言えば,どんな方法で明らかにしたのかがわからない結果は信用できないのです。
最後に,用いた方法でどんなデータが得られ,それがどういうことを意味するかを「結果?考察」でまとめていきます。得られたデータから,「仮の答え」を「本当の答え」に昇格させられるかどうかをこれらの部分で明確にしていくわけです。
◆心理学実験Iでのレポート作成
心理学実験Iでは,前述の形式に則ってレポートをまとめてもらうということは説明しました。しかし,4日間日替わりで行うそれぞれのテーマについて,受講生の皆さんに一からまとめてもらう,つまり【問題?目的】からまとめてもらうのは実質的に無理なことです。その日のテーマにそってこれまでの研究を調べたりする余裕などはありませんからね。なので,【問題?目的】【方法】については,こちらで書くべき内容を整理した資料を準備しておきますので,それを基にまとめていただきます。
皆さんに頑張ってもらうのは,【結果】と【考察】です。これらは,実験当日どのようなデータが得られるかによって書くべき内容が左右されます。実験終了後,結果の処理(平均値の算出など)をし,実験種目ごとのフォーマットにあわせて結果を記述します。そして,得られた結果から考察していくことになります。皆さんがデータからどのように考えるか,どう考察するかが一番苦労するところでしょう。もちろん,「このような結果はこういうことを示す」ということは説明しますが,「みなさん共通にこういうことを書きましょう」ということにはならないのです。
◆レポートの具体例
それでは,以下にレポートの例を示します。これは,実際に今回の心理学実験で行う実験種目のものではありませんし,スペースの都合でかなり短縮して書いてあります。
実験テーマ:短期記憶容量の限界について
【問題】
短期記憶の容量の限界は「7±2チャンク」と言われている。このチャンクとは「意味ある情報のまとまり」を表す単位であり,短期記憶が物理的な情報量にそのまま対応するわけではないことを表している。ここから,チャンク化によって記憶可能な物理的な情報量が影響を受けることが予想される。本研究では,同一の文字が用いられているがチャンク化の異なる文字列を用い,チャンク化が記憶量に及ぼす影響を検討する。
仮説:チャンク化された文字列を記憶する条件とチャンク化されない文字列を記憶する条件とでは,前者の方が後者よりも再生量が多いだろう。
【方法】
被験者:A大学1年生 20名(男女各10名ずつ)
使用機材:ストップウォッチ2つ 1桁の加算用紙 20枚 結果記述用の用紙 20枚
記憶材料:16文字から構成される2つの文字列を用いた。
材料1 チャンク化された文字列「Every Little Thing」
材料2 チャンク化されていない文字列「yEgrl neTivt heitL」
この材料2は,材料1をランダムに並べ替えたものである。よって,材料1と2は使用される文字種は同一であるが,文字の並びの違いによって,材料1は3チャンク(Every, Little, Thing),材料2は16チャンクの文字列となっている。
手続き:被験者を,材料1を記憶するA条件と材料2を記憶するB条件に10名ずつ(男女5名ずつ)振り分けた。各条件とも,記憶材料を10秒間呈示し,その後リハーサルを妨害するため,1分間の加算作業を行った。最後に,呈示された文字列の再生を求め,用紙に記入してもらった。
【結果】
条件ごとに,正しく再生された文字数別の被験者数を表1にまとめた。平均正答数は,A条件で15.9文字(SD 0.32),B条件で5.9文字(SD 2.02)であった。これより,完全に正答した者はA条件だけにおり,再生量もA条件のほうが多いことが明らかとなった。
表1 条件毎の正答文字数別人数 |
|
16文字 |
15文字 |
11文字 |
6文字 |
5文字 |
3文字 |
A条件 |
9 |
1 |
0 |
0 |
0 |
0 |
B条件 |
0 |
0 |
1 |
6 |
3 |
1 |
注:表中の数字は人数 |
【考察】
結果から,チャンク化された文字列を記憶したA条件の被験者はB条件の被験者よりも正確に再生する量が多いことが明らかとなった。よって,情報のチャンク化が短期記憶に影響することが確認されたといえる。
参考になったでしょうか。実際に皆さんにまとめていただくレポートはこれよりも長いものにはなりますが,形としては一緒です。心理学実験Iで初めてこのような形式のレポートを書く作業をするのは大変なことだとは思いますが,頑張って,めげずに取り組んでいただきたいと思います。
◆最後に,もう一度,実験と研究法の意義を
心理学実験と心理学研究法のつながりについて,とでも言いましょうか。実験IからIIIでは「実験法の修得」と「研究の記述の仕方」,研究法Iでは「実験法以外の方法の修得」と特に「構成概念の扱い方」について,研究法IIでは「検査法」「結果の処理の仕方」に焦点があてられています。これら全体で目指すものとは何でしょう。それは,「心理学のアプローチでの問題解決の基本的なやり方」を学ぶということです。これは,心理学で学んだ知識を役立てる方法を学ぶ,といっても過言ではないと思います。皆さんがそれぞれの生活で出会う問題に対して,心理学の知識を生かして予想をたて(特に臨床心理学では「見立て」と呼びます),その予想のもとに問題を整理し,事実に基づいた問題点,改善点を明確にする。このことは,臨床?教育現場であろうと一般の職場であろうと,どこにおいても大切なことには変わりありません。そのようなことを,実験I?III,研究法I?IIと,時間をかけて,何度も繰り返すなかから学んでいただきたいと思っています。