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[社会福祉キーワード] ノーマライゼーション
助教 平野 光洋
「ノーマライゼーション(Normalization)」とは,障害者(広くは社会的マイノリティも含む)が一般市民と同様の普通(ノーマル)の生活?権利などが保障されるように環境整備を目指す理念です。こういうとすばらしく聞こえますが,逆にいえば,このような思想が出る背景には,障害者を取り巻く環境は,普通ではなかった(アブノーマル)ということなのです。
ノーマライゼーションは,デンマークの知的障害者の親の会による運動から生まれました。デンマークの社会省で知的障害者の施設を担当した「ニルス?エリク?バンク-ミケルセン(Niels Erik Bank-Mikkelsen)」は,多くの知的障害者を収容した大型施設の生活環境に疑問をもつようになります。自由に外に出られず,食べるのも寝るのもいっしょの集団単位の生活がナチスの強制収容所を彷彿させるものだったからです。実は,バンク-ミケルセン自身にも第2次世界大戦中にレジスタンス活動により,ナチスの強制収容所に収容されていた経験があったのです。彼は,知的障害者の親の会と共に,知的障害者の生活条件の改善のために法改正にのりだします。そして親たちの願いをもっともよくあらわす言葉「ノーマライゼーション」という言葉を盛り込んだ「1959年法」を誕生させるのです。
デンマークにおけるノーマライゼーションの流れは,1960年代にはスウェーデンなど北欧諸国にも広がっていきます。スウェーデンのノーマライゼーションの運動に携わってきた「ベンクト?ニィリエ(Bengt Nirje)」は,ノーマライゼーションの理念を整理?成文化し,原理として定義づけました。ニィリエは,文献によっては,「ニルジェ」,「ニーリエ」と書かれる場合もあります。ニィリエは,ノーマライゼーションの原理を「社会の主流となっている規範や形態にできるだけ近い,日常生活の条件を知的障害者が得られるようにすること(1969年)」と定義し,さらに「ノーマライゼーションの8つの原理」(1日のノーマルなリズム,1週間のノーマルなリズム,1年間のノーマルなリズム,ライフサイクルでのノーマルな経験,ノーマルな要求の尊重,異性との生活,ノーマルな生活水準,ノーマルな環境水準)を実現しなければならないと位置づけました。ニィリエは,ノーマライゼーションをアメリカにも紹介しました。
こうして,ノーマライゼーションがアメリカひいては世界中にも広がることになります。デンマークのバンク-ミケルセンが「ノーマライゼーションの父?ノーマライゼーションの生みの親」といわれるのに対して,スウェーデンのニィリエが「ノーマライゼーションの育ての親」といわれるのは,ノーマライゼーションの原理を整理?成文化して紹介し,世界中に広めたためです。
アメリカに広がったノーマライゼーションを独自に理論化?体系化して発展させたのは,「ヴォルフ?ヴォルフェンスベルガー(Wolf Wolfensberger)」です。ヴォルフェンスベルガーは,ノーマライゼーションをアメリカやカナダで紹介し,アメリカのネブラスカ州などで政策に導入し,実践しました。ヴォルフェンスベルガーは,障害者などの社会的マイノリティが保護や哀れみの対象として一般市民から下に見られるのではなく,社会的意識の面で一般市民と対等な立場とする事がノーマライゼーションの目指すべきことであると考えたのです。1983年には,ノーマライゼーションの原理にかわる新しい学術用語として「ソーシャル ロール バロリゼーション(Social Role Valorization:社会的役割の実践)」を提唱します。「ソーシャル ロール バロリゼーション」とは,社会的に低い役割が与えられている障害者などの社会的マイノリティに対して,高い社会的役割を与え,なおかつそれを維持するように能力を高めるように促すことで,社会的意識の改善を目指す概念です。
従来の北欧のノーマライゼーションでは,アブノーマルな個人への改善というよりは,アブノーマルな生活条件や社会環境の改善を重視するという特徴があります。それに対してヴォルフェンスベルガーの目指すノーマライゼーション(ソーシャル ロール バロリゼーション)の特徴は,「個人の能力を高めること」や「社会的イメージの向上」を重視する点にあります。通常に近い行動や外観をとるなど,文化的にアブノーマルな個人の行動?特性についてノーマルになるよう働きかけることも,365体育投注_365体育备用网址-【唯一授权牌照】@視されます。この点が従来の北欧のノーマライゼーションの流れとの違いです。
続けてノーマライゼーションの国際的な取り組みを紹介します。1971年に「知的障害者の権利宣言」が国連で採択されます。さらに1975年には,対象を障害者全般にも拡大した「障害者の権利宣言」が採択されました。1981年には,ノーマライゼーションの実現のために「完全参加と平等」をテーマに国連で「国際障害者年」が定められました。ちなみに日本で「ノーマライゼーション」が広く紹介されていくのは,この「国際障害者年」の頃です。「完全参加と平等」を具体化するため,翌年1982年には「障害者に関する世界行動計画」が採択されます。1990年にはアメリカにて世界初の障害者差別禁止法「ADA法(Americans with Disabilities Act:障害をもつアメリカ人法)」が公布されます。これは,障害者の社会参加促進の具体的内容を行政,民間に約束したものです。1993年には国連で「障害者の機会均等化のための標準規則」が採択されます。「機会均等化」とは,「社会の仕組みと,サービスや活動,情報,文書といった環境を,全員に,特に障害を持つ人に利用できるようにする過程」と同規則に記されています。これは,機会の平等化や社会参加の促進を目指した環境整備を指す言葉で,ノーマライゼーションに近い言葉といってよいでしょう。最近の出来事では,2006年12月に国連で「障害者権利条約」が採択されました。従来の「障害者の権利宣言」などは,法的な拘束力がないのに対して,「条約」を批准した場合は,法律並みの拘束力を持つことになります。
最後にノーマライゼーションに関わるレポート学習についてですが,初心者がテキスト以外の文献を多く読めば読むほど,ノーマライゼーションの意味がわからなくなる可能性があるように思えます。なぜならノーマライゼーションは,人によっても異なる解釈があるからです。
さらにノーマライゼーションは,他の社会福祉に関する用語と概念的に重なる場合が少なくありません。
ノーマライゼーションと関連した概念には,「機会均等化」,建物や交通手段などにある様々な障壁(バリア)の解消を目指す「バリアフリー」,障害をもっていても誰もが利用?参加できる普遍的(ユニバーサル)な環境作りを目指す「ユニバーサル?デザイン」という言葉があげられます。
他にも概念は重なるのですが,別の用語を使った方がいい場合もあります。例えばノーマライゼーションは,脱施設化により一般市民と同じ地域でともに生活することを目指す理念ともいわれますが,「脱施設化による統合化」を強調するのであれば,「インテグレーション」もしくは「メインストリーミング」を使用した方がよいと思います。
またヴォルフェンスベルガーのノーマライゼーション(ソーシャル ロール バロリゼーション)では,「当事者自身の能力強化への働きかけ」にも焦点が向けられますが,「社会復帰や自己実現のために当事者自身の能力を強化する過程」という意味を強調して用いる場合は,「エンパワメント」や「リハビリテーション」を使用する方がよいと思います。
多くの文献の情報を処理しきれず,ノーマライゼーションの意味がわからない状態に陥ったならば,今まで得た知識を捨ててでも,テキストに立ち戻ってレポートを書くことをお勧めします。皆さんのご健闘をお祈りいたします。
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