仏教専修科
活動記録:365体育投注_365体育备用网址-【唯一授权牌照】@四年度成道会
活動概要
12月7日の6限目に、千葉学長先生をご導師に成道会法要が開催されました。仏教専修科学生の多くが配役を担い、教職員と共に法要をとり行いました。「維那」という365体育投注_365体育备用网址-【唯一授权牌照】@で大変難しい配役を本学社会福祉学科4年生の舛田憲生君が務め、立派にこなして千葉学長先生からもお褒めの言葉を賜りました。
御法話で千葉学長先生は釈尊成道に因み、道元禅師や瑩山禅師も触れられておられる「大地有情非情同時成道」についてお話くださいました。150年の伝統を持つ東北福祉大学では、今ここには居らずとも、過去まさにこの場所に多くの先輩がいたということ、そうしたご縁と繋がりを踏襲して今ここで勉学に励んでいる仏教専修科学生がいるということ、その姿を大変うれしく思うとの温かい御言葉と次年度の更なる成長に向けた御激励で臘八摂心を締めくくられました。
雪のちらつく大変寒い中で体力的には大変厳しい臘八摂心でしたが、終了後の学生の引き締まった顔からは大きな成長を感じることができました。
学長法話
成道会に際し、私からお話を申し上げます。本日はお釈迦様のおさとりのお祝いを祈念する伝統の行事です。成道会を厳修いただき、ご随喜いただき、まことに有難く、感謝申し上げる次第であります。月曜日以降、学生のみなさんも教職員のみなさんも、この接心をお勤めいただきましたこと、この場を借りて学長より感謝いたします。学生の皆さん、脚もまだ痛いところもあるかと思います。どうぞお話しの途中、痛かったら無理なくお願いしたいと思います。
時は紀元前、お釈迦さまが三十五歳になられたときでありました。ガンジス川の支流、ネーランジャラー川、悠々と滔々と水の流れる麗しい川であります。そのネーランジャラー川のほとりに、ウルヴェーラー村というところがございました。そのウルヴェーラー村のご神木、つまり村のまさに中心をなすような、村人から信仰を集めていたニグローダという樹でありました。ここに、村長の娘スジャーターという少女が、幼きころからお祈りをして、日々信仰しておられたそうであります。その願掛けは、「どうか私が、お父様の跡、立派なお婿さんと、そして子供に恵まれますように」というものであったそうであります。時至って、玉のような子供が生まれ、「これもすべてニグローダの樹の神様のおかげ」と、感謝の印として、牛乳粥を捧げようと準備をしていたのであります。パヤサというその食事は、牛乳でお粥を炊いたものであります。どうぞ皆様も、お釈迦さまが召し上がったであろう同じ味を体感していただきたいと思います。牛乳からお粥を炊き上げるのは難しいという方は、今は便利な時代でございますので、冷ごはんでも結構ですので、ご飯に牛乳をかけていただいて、少しバターのかけらをのせます。そしてレンジで温めるか、あるいは手鍋でコトコトと中弱火で五分かそこら煮ていただければ、トロトロのお粥になります。牛乳をご飯にかけるというのは普段はしないことかもしれませんが、お粥になったそのパヤサは大変おいしゅうございます。ちょうど、グリアと申しますか、バター牛乳で煮詰めた、大変おいしいものでございまして、インドでも大変高級なお料理として、特別な時に召し上がられるものでございます。最後に塩胡椒で味を調えていただいて、ハーブか何かをのせられると、一層風味が増します。お釈迦様と、同じ味を味わっていただくのも勉強であります。
さて、その牛乳粥のお食事で体力を回復されたお釈迦さまは、六年間の大変厳しいご修行を振り返られたものかと思われます。そして、その時に戦った悪魔 — 悪魔といっても、キリスト教で言うような悪魔ではございません。おそらくはお釈迦さまご自身の心の内にある様々な欲望や迷いと戦われたのかと思います。その時、悪魔パーピーヤーンは、「私には大勢の軍勢がいる。大勢の軍隊がついている。大勢の、私の力を示す味方がいる」と言いました。これに対し、「それでは私は、この大地に私の証明をしてもらおう」ということで、触地印という印をそこで行います。降魔成道の、その成道の仏像を拝みますとお気づきだと思いますが、指先が大地に触れるようなしぐさをしております。これはお釈迦さまという方のおさとりをこの大地が証明してくれると、そしてそれに大地が応え、打ち震えたというのです。このような物語があって、お釈迦様は後にさとりを開かれることになるのでありますけれども、この成道会の冒頭、斉藤先生からも「大地、同時に成道す」という趣旨のお話がありました。「明星出現する時、我と大地と同時成道す」と道元禅師も、そして瑩山禅師もお示しであります。実は、確かこの「我と大地と同時成道」という言葉そのものは、インドの経典にはないと言われております。インドの経典にないけれども、道元さまと瑩山さまがいずれも『正法眼蔵』や『伝光録』という大変365体育投注_365体育备用网址-【唯一授权牌照】@なお示しの書物の中で触れられているということは、おそらくは極めて大事な教えであるのではないかと受け止めたいと思うのであります。
私たちは大地とともに生き、大地とともに歩み、一生を送りますけれども、そこには自分のちからではどうにもならないこともあるかもしれません。しかし、皆さんは、さまざまな勉強の中で志をもって東北福祉大学へ入学されました。そして学んでおられます。そして、仏教専修科で、しっかり行事も接心もお勤めいただいております。舛田君も立派な維那の姿、お声、学長として忘れません。そして、皆さんのひとりひとりのお勤めのその眼差しとお気持ち、宝物であります。
接心にて、また坐禅の時に、皆さんも行うと思うのですが、私は隣位問訊、対坐問訊が大好きであります。なぜ大好きかと言いますと、隣に人が仮にいなくても挨拶をする。おそらくは、みなさんが坐るであろう場所も、そして隣も向かい側にも、この百五十年近くにわたる栴檀学園の多くの学生が、先生方が、そこに坐っておられたのであります。その場その時に姿がなくても、私にははっきりと見えます。この法堂で今、みなさんもこうして坐っていただいています。その場、その時に、そこに、今までも多くの卒業生が、羽ばたいていった立派な卒業生が、今や世界中でご住職を勤めたり、あるいは活動されている立派な先輩がたも、今そこにこうして、この行事を勤めるためにいらっしゃったのであります。「存在は時間を意味するところである」とは、ハイデガーの言葉であるだけではございません。おそらくは、私たちは多くの命のつらなりやご縁の中でこうして生きています。目の前にあるものだけが真実ではないのであります。
堂々とお勤めいただいたみなさんを誇りに思うと同時に、お釈迦さまの大切な行事をともにお勤めいただいたことに感謝申し上げまして、言葉調いませんが、この一年間、まことに勉強、ご修行、ご苦労様でした。話が前後しますが、先の女川でも、日本仏教社会福祉学会、学生さんたちが大いに活躍をしていただきました。そのようなことも含めまして、皆さんの来年のさらなる飛躍を、そして四年生はこれから卒業に向けて日にちも限られて参りますが、どうぞ身体に気をつけて、立派な卒業式を迎えられるように念願しております。以上です。