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[社会福祉援助技術] 痴呆ケアの方向性
専任講師(高齢者痴呆介護研究?研修仙台センター 研究員)
阿部 哲也
近年の急速な高齢化に伴い,今後,痴呆性高齢者の数は急増することが見込まれています。高齢者介護研究会の報告『2015年の高齢者介護』によりますと,2002年の時点で,介護保険の要介護認定者約314万人のうちおおよそ149万人(47.5%)が痴呆を有していると報告されています。2015年には約100万人が増加し,65歳以上人口の7.6%が痴呆性高齢者であると推計されています。
このようななか,今後の高齢者福祉を考えていく上で痴呆ケアの技術や知識は,福祉に携わる専門家にとって当然ふまえていなければならない援助技術であるといえるでしょう。そこで,本稿では,いくつかの資料を参考にしながら今までの痴呆介護の変遷や今後の方向性について紹介していきたいと思います。
●痴呆介護の変遷
従来,痴呆性高齢者は主に,医療の対象として精神科病棟や専門病棟等に入院し,治療の対象とされてきた傾向があります。そして病院や入所施設も少なく,ほとんどの方が行き場もなく,家族が介護しているような現状でした。特にアルツハイマー型痴呆などは,治療方法が不明なまま症状は進行し,問題行動や行動障害と言われていた徘徊や不潔行為,帰宅願望,異食,興奮,妄想,幻覚等の症状に対して,原因も対応策もよくわからないまま,異常な行動を行う人と見なされ,拘束をされたり,部屋に鍵をかけられたりと行動を制限され,問題対処型のケアが多くされてきた傾向があります。
しかし,痴呆に関する研究も進み,痴呆の病態やメカニズムが理解されてくると,痴呆の中核的な症状である記銘障害1)や見当識障害2)に対して,機能の回復や向上を目的としたプログラムが数多く考えられ,各事業所や施設でも頻繁に実施されるようになりました。そのなかにはとても効果的な方法もありましたし,現在でも有効な方法も数多くあります。しかし,さまざまなプログラムが出てくると,適切な実施方法や痴呆性高齢者への有効性が不明確なまま普及してしまうことも多く,プログラム優先の画一的な実施が問題となりました。本人の希望や意志に配慮せず,集団で機械的にプログラムを実施したり,明確な意図がなかったりすると,逆に徘徊が増えたり,不安が強くなって不安定になるケースも少なくありませんでした。
そこで,近年,出てきた痴呆ケアへのアプローチが環境支援という視点でした。環境支援的なアプローチは,従来,対人援助技術が主流だった痴呆ケアにとって,革新的なアプローチであり,特に記銘の低下を特徴とする痴呆性高齢者にとって,住み慣れた住環境を意識した環境整備は記銘障害や見当識障害によるストレスを軽減し,安心した暮らしを保障するための365体育投注_365体育备用网址-【唯一授权牌照】@なケアの視点となっています。
そして,現在,痴呆ケアの方向性は,痴呆による生活障害の解消だけが目的ではなく,家事や炊事,庭の水やりなどできることややってきたこと,興味や関心があること等の手続き的な記憶や慣習を,日々の暮らしの中に自然に組み込み,部屋のつくり,装飾,家財など昔から慣れ親しんできた環境を再現し,家族規模の少人数で自分を受け入れてくれる人たちと普通に暮らしていくこと自体が痴呆ケアであり,尊厳を守り,自立した暮らしをサポートしていくような生活支援型の発想が主流となりつつあります。
●痴呆ケアの今後の方向性
現在,痴呆ケアのキーワードは,「小規模」「少人数」「生活の継続性」となっています。これらの痴呆ケアの手法や考え方は,高齢者介護全体の標準モデルとなり,痴呆ケアの普遍化が,『2015年の高齢者介護』の中でも報告されています。
痴呆ケアの方向性としては,下記の3点があります。
- できるだけ今までしてきた生活様式や習慣,志向性,環境を継続すること。
- 介護者側の事情や業務,制度を中心にケアを行うのではなく,高齢者一人一人の生活の流れや,ライフスタイルを中心に,ケアや周辺の環境をあわせていくこと。
- できないから何もしないのではなく,できないことはサポートして,できることはしてもらい,役割感や自己有能感を高め,自信を促し,尊厳を高められるような支援をしていくこと。
これらの方向性を基本とし,サービス体制の再構築として通所系サービスの強化,施設機能の地域展開,ユニットケアの普及,医療サービスとの連携強化をあげています。
さらに早期発見システムの構築,予防活動の徹底,相談体制の強化,地域ネットワークづくり,人材の養成と,日本の痴呆性高齢者支援の課題は多く,施策,制度面等の確立は喫緊の課題といえるでしょう。
今後,痴呆性高齢者支援のためのインフラ整備は急速に進展することが予測されます。それに伴い必ず必要となるのは,介護に携わる専門家の技量つまり援助技術の質だと思われます。確かに痴呆性高齢者にとって環境や地域へのサポートは今後ますます365体育投注_365体育备用网址-【唯一授权牌照】@となるでしょう。そして,最も365体育投注_365体育备用网址-【唯一授权牌照】@なのはそのなかで展開される人間とのかかわりだと思われます。人との関係が痴呆によって生じる不安感や生活上の困惑を取り除き,日々暮らしの中で自分を受け入れてくれる人がいることの安心感や,ここに自分はいてもいいんだという居場所を保障し,他者に認められ,自分を認め,自信と尊厳の確立を促すことこそが最良の痴呆ケアだといえるのではないでしょうか。
今後,社会福祉の専門家に求められるのは,習得された社会福祉の専門知識や技術を活用し,日本という国が,皆様の地域が,痴呆になっても安心して暮らし続けることができるような社会をつくっていくことです。
引用?参考文献
高齢者介護研究会 『2015年の高齢者介護』 2003.6
永田久美子 「歴史を知ることから始める痴呆介護」 『おはよう21』 中央法規出版 2002.4
■注
1)記銘障害
物事を新しく覚えこめなくなることです。昔のことは覚えているけど,最近のことが思い出せなくなるのが,これにあたります。
2)見当識(けんとうしき)障害
現在の自分の状況,たとえば今いる場所や時間?季節,自分の名前や住所などがわからなくなることです。