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【学習サポート】

[人格心理学] レポートにおける「事例研究」

教授
皆川 州正

●事例研究の意義

 レポートを添削して,人格心理学の課題の中の「ある物語の登場人物について記述」(1単位目),「具体例もあげながら」(2単位目),「観察を行い,考察」(3単位目),「自己分析を実施」(4単位目)とある部分について,苦労しているようすが感じ取れます。そこで,この部分について述べ,参考にしていただければと思います。
 これらの課題は,「事例研究」を念頭において出しているものです。事例研究は心理学研究法の一つとして活用されてきました3)。その基本的な考えは,一事例であってもそこで見いだされた心理学的な法則や理論は他の生体にもあてはまると考えられるということです。たとえば,フロイト(Freud, S.)は,事例を示して考察することにより,神経症に関する精神分析の理論と治療法を提起しました4)。ロジャース(Rogers, C.R.)もまた,事例によりクライエントの変化を示すことによって来談者中心療法の有効性を示しました2)。臨床心理学のみならず,学習心理学ではパブロフ(Pavlov, I. P.)やスキナー(Skinner, B. F.)が,発達心理学ではピアジェ(Piaget, J.)が,事例研究によって自らの理論を提起しています。このように,個別的な事例を研究することによって,そこから普遍的な法則や理論を引き出そうとするところに事例研究の眼目があります。

●レポートとしての事例研究

 しかしながら,心理学を学び始めたものが一から事例研究をして新たな法則や理論を発見することはとうてい望めません。レポートでは,すでにある理論やモデルを検証する方法をとっています。
 そこで,まず先行研究を調べることから始まります。ある類型論について調べる,力動的人格理論における心理的適応?不適応のとらえ方について調べる,愛他性と攻撃性の発達の理論やモデルについて調べる,自我?自己および自己分析の限界となる事柄について調べるなど。いわば,これは料理の食材集めのようなものです。レポートを添削していると,調べたことを列挙しているものに出会うことがあります。確かに集める苦労やキラリと光る説明には感心もさせられるのですが,それが中心になると食材を並べて見てくださいというのと同じになります。
 そこで,次に,調べたことに適した「物語」「具体例」「観察場面」「自己分析」を選びます。それは,確かめようとする理論やモデルの“典型例”であることが説得力も増します。その際,先に調べたことにもとづいてなぜ典型例なのかを示す必要があります。
 次に,考察を行います。1単位目ですと,たとえば,その類型が持つ長所?短所あるいは課題をみていきます。そして,その人物の人生にその類型がどうかかわっているか,あるいはその人物や周囲はその類型をどう生かせたか,生かせなかったのか。複数の類型についてであれば,どうかかわりあっているか。2単位目ですと,たとえば,具体例の心理的不適応がその力動的人格理論によってどのように説明されるのか,そして,心理的適応に向かうにはどんなことが必要とされるのか。3単位目ですと,たとえば,観察された事柄が理論やモデルとどう対応しているのか,攻撃性や愛他性はどういう人がどういうときに高まり,どうなっていくのか,個人および集団において心理的にはどういう機能(働きや役割)を持つのか,それを適切なものとするにはどういうことが考えられるのか。4単位目ですと,たとえば,自己分析のときに湧いてきた感情(葛藤など),自由連想の効用,実際行動に移す際の心の動き(抵抗など)など。これらは個人的なことでありながら,多くの人に共通することも十分に予想されます。なお,考察でも,先に調べたことがおおいに役立つと思います。

●「事例研究」の感動

 最後に,河合1)は,事例研究について,「明確な形での新しい技法や概念を提示するものではなくても,じっくりと取り組んだ事例報告に接したものが,新たな意欲をかきたてられたり,多くの新しいヒントを得たり,新しい感動を与えられたりするときは,それは芸術作品の評価の場合と同じく,高く評価されるべきではないだろうか」と述べています。レポートを添削していて,それと全く同じことを経験することもあり,レポートを読むものにとっての楽しみになっています。ぜひ,そのようなレポートを書いてくださるよう希望します。

●参考文献
1)河合隼雄 「事例研究の意義」『臨床心理学』1(1), 4-9,2001.
2)村瀬孝雄(編) 『こころの科学  ロジャーズ クライアント中心療法の現在』 日本評論社, 1997.
3)下山晴彦(編) 『臨床心理学研究の技法』 福村出版, 2000.
4)牛島定信(編) 『こころの科学  フロイト入門』日本評論社, 1995.

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