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【現場から現場へ】

[OB MESSAGE] 知的障害者の立場から

社会福祉法人 東京都千葉福祉園 生活第1課生活援助3係次席
鱒渕 達雄

●就職した頃

 昭和50年,養育院千葉分院に就職した。千葉県の千葉市と木更津市の中間位に姉ケ崎という駅がある。ここから鴨川街道を6キロ入った場所にある。養育院といえば老人福祉であるが,千葉分院は知的障害者の入所タイプの施設であった。現在では,「○○さん」であるが当時は「○○先生」と呼ばれていた。私にはそのような資格があるのか……,と悩みながらの赴任であった。仕事を始めてすぐに後悔した。もっと勉強しておけば良かったと。

●ノーマライゼーションの波

 当時でも,ノーマライゼーションの考え方はあった。今振り返ってみると,それまでの大量一括の処遇から,施設での暮らしをできるだけ一般家庭に近づける努力であったと思う。当時は老いも若きも同じ色?同じタイプのジャンパーやズボンで生活していた。それを個々人別に購入していった。食器を瀬戸物に変えたりの工夫をした。石油ショックという大変な時期もあったけれど,社会福祉の面では恵まれていた時代であったと思う。当時私は,利用者のクラブであるレコードクラブに所属していた。名前のようにレコード鑑賞のクラブだった。しかし,20年も経ないうちにレコードはミュージックテープとなりCDへと変化していった。

●児者転換や実習先探し

 私が未だ20代の後半の頃,現在でも多くの児童施設が抱えている過年児問題で児者転換が行われた。これによって成人男子寮勤務者は,男性職員のみから女性職員の混同となった。
 優しい保母さんが男子寮に来てくれて,喜んだ利用者が多かった。
 就職して10年程後のことだったと思う。園内で,ほとんどの利用者が作業をしていた時代に先輩職員の自家用車で職場開拓をした。利用者の実習先を飛び込みで開拓した。40名前後の実習者が毎日働きに行けるようになった。就職して通勤寮に移る利用者も出てきたが,数は未だ未だ少なかった。

 体罰禁止はいまから十数年前,TVニュースやドラマで体罰が取り上げられることが多くなった頃,当園でも体罰検討委員会が設置された。普通の結論が明記されていた。いわゆる暴力の他,正座?睨む?精神的に圧力をかける等はいけない。私は,もっと利用者との信頼関係を高める,業務に関して知識や情報を集めないといけない,利用者に良い意味で影響力を高めなければと考えたことを覚えている。
 都政でも多くの都民は,社会福祉や社会保障にかなりの関心を示していた時代だった。十年と少し前には,職場でQOL運動が推進された。利用者や入院している人たちのサービス改善や向上を目指したものであった。職場で多くの提案が出され実施されて利用者の生活を改善していった。優秀な提案は表彰されたり,都政新報に掲載されたことを覚えている。
 職場である寮にはパソコンが入り日常の業務で利用するようになった。1カ月ほど前には,事務所等とLANで結ばれた。今年から支援費制度が導入された。利用者主体による自己選択?自己決定が尊重されることとなった。今までとは全く発想を変えて仕事に取り組む時代になった。これからも大きな変革があるかと思う。今回『With』に原稿依頼があり今までを振り返る良い機会となった。これからも,自己啓発を続けて頑張っていこうと考えている。

●通信制で学んでいる皆様へ

 私の職場は上記のように知的障害者の入所タイプです。もうすぐ30年になりますが,かなりの状況変化を理解してもらえると思います。働きながら学ぶことは大変だと思いますが,決意した時だからこそできることだと思います。友達と飲んでいる時,「もう一度学生時代にもどれたら今度こそ真面目に勉強する……」そんな会話をしたことがあります。将来大きく成長して大きな花や実をつけるため,今は大地に根を張る努力が必要です。本人の夢を実現できるように。健康に注意して頑張ってください。ご健闘をお祈りします。

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