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【学習サポート】

[心理学キーワード] 概念

講師
白井 秀明

 先生「みなさん,先生のいったことわかりましたか?」
 子どもたち「はぁーーーい!」

 だれでも経験したことのありそうな会話です。子どもたちがちゃんとわかったかを確認するため,よく先生が口にしてしまう台詞です。気が小さい私も,講義中,表情を変えてくれない学生たちにおどおどしながら,これに類した発言をしてしまうことがあります。
 「わかる」とは,本来,その子どもの心の中で生じる出来事です。だから,第三者である先生は直接見ることはできないので,本人の内省報告を手がかりに,その子どもの心の中を推測しようとしているのです。でも,これだけでその推測が正しいと判断してしまう(=「ああ,わかってくれたんだな」)わけにはいきませんよね。そうです。いくつか問題を与えてみて,それらに子どもたちが正しく答えられるかどうかによって判断するやり方があります。どちらも,心理学の言葉で表せば,“「刺激」を与えてそれに対する「反応」から「心の中」を推測している”ことになりますが,後者の方が断然うまいやり方なのは言うまでもないでしょう。
 それでは,ある人が「概念」を「わかっている」かどうかを判断するのは,どうすればいいでしょう? やっぱりある人に「刺激」を与えて得られた「反応」から「わかっている」かどうかを推測する,という点は同じなのです。では,どんな「刺激」にどんな「反応」をしたらそのように推測していいのでしょうか? ちょっと辞典で「概念」を引いてみましょう。

「…人間などの生活体は,外的環境との間の平衡状態を定立ないし再定立するために,入力された事物ないし事象の一群の刺激効果を,弁別可能にもかかわらず同一の反応と結びつけることがしばしばある。この際,生活体は,一群の事物?事象についてのカテゴリーを形成したと推定される。…」
(『新?教育心理学辞典』金子書房 1979 p.69 より;
赤字,白井)

 これ以上引くと,以降の話におつきあいくださる読者が激減すると思われるのでここで止めておきますが,ヒントは赤字部分です。私流に翻訳すれば,「ひとまとまりの刺激たちを,それぞれ違うものだと区別できるんだけど,同じ仲間だとみなす反応をする」とでもなりましょうか。具体例を出しましょう。それがいい。
 例えば,筆箱(なければ,鉛筆立て)から,「ボールペン」だとお考えになるものすべてを取り出してみてください……ほら,手の中にあるいくつかのものは,それぞれ違うものだ(太さ,色,フックの有無などからすれば)と区別できるけど,すべて同じ「ボールペン」ですよね。こういうことができる人を見ると,心理学者は,「この人はボールペンという概念がわかっているな」と推測するのです。……えっ,まだピンと来ない??
 では,もう一例。東北福祉大学のある仙台の年中行事(?)のひとつに,秋に行われる「芋煮会」なる行事があります。要は,芋煮鍋を囲んで一杯やるわけですが,この芋煮鍋には,大きく分けて「仙台芋煮」と「山形芋煮」があるのです。仙台の河原で山形芋煮を作るグループもたくさんいます。「仙台芋煮」「山形芋煮」とは,いったい何なんでしょうか??
 混乱する前に下記の表1をみて下さい。簡単なことです。材料や味付けが,それぞれの鍋で決まっているのです。どんな芋煮かを決定する性質(心理学では「属性(ぞくせい)」と呼びます)には,「肉」「芋」から「根野菜」「だし」までといろいろありますが,そのうち「肉」「芋」「味付け」「コンニャク」という属性たちが,それぞれ(豚肉)(ジャガイモ)(味噌)(ちぎりコンニャク)という特定の種類(心理学では,各属性の(「値(あたい)」)と呼びます)の組み合わせになっているものを「仙台芋煮」と呼んでいるのです。ですから,目の前にある芋煮が,「仙台芋煮」かどうかを判断するには,これらの属性及び値を共通点として注目しなくてはいけないわけです。一方,表の下の方の属性は,判断の際にいわば無視する属性たちです。キノコや葉野菜がどんな種類であれ,「仙台芋煮」かどうかの判断には無関係です。

表1 仙台芋煮と山形芋煮の属性および値

仙台芋煮 山形芋煮
(値) (値)



(豚肉) (牛肉)
(ジャガイモ) (サトイモ)
味付け (味噌) (醤油)
コンニャク (ちぎりコンニャク) (玉コンニャク)




キノコ (マイタケ,シメジ…なんでもいい)
葉野菜 (シュンギク,ハクサイ…なんでもいい)
根野菜 (ダイコン,ニンジン…なんでもいい)
だし (カツオ,コンブ…なんでもいい)

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*白井が,独断と偏見に基づいて作りました。「仙台芋煮」でも隠し味に醤油を使うけど…というような問い合わせには一切応じられません。

 この表さえあれば,ご存知ない方も河原に行って,この鍋は,キノコのや葉野菜の種類が異なるといった多少の違いがあるけれどそれらは無視して,「仙台芋煮」の仲間だな,あれはちがうな,などと指摘できます。こうなれば,心理学者も「ああ,この人は「仙台芋煮」という概念をわかったな」と判断することになるわけです。
 これらの例からおわかりいただきたいことは,

  1. ある「概念」をわかるとは,「違うものだと区別できるものたちを,同じ仲間とみなす反応をする」ということから推測する。
  2. ある「概念」をわかるとは,「共通点である属性たちに注目」し,同時に「それ以外の属性たちを無視する」という両方の心のはたらきが必要である。

ということです。はじめに挙げたボールペンだって,共通点であるペン先(ボール付)という属性?値に注目し(英語ではball-point pen=先端にボールが付いているペン),太さだのフックだのといった属性たちは無視している,だからこそ,同じボールペンの仲間だってみなせる,ということは,もうおわかりいただけましたよね(あ,禁句だった)。
 なんだか普段何気なくやっている判断を,えらく難しく説明してくれたもんだな,という感想を持たれた方もいらっしゃるかと思います。でも,(1)や(2)のような観点で人の行動を考えられるということは,非常に大切だと私は考えています。なぜ大切なのでしょうか?
 最後の例。小さな子どもが,(あ)の形を指さして「三角形だ!」と言ったことだけで,この子は「三角形」とは何かわかったと判断していいのでしょうか?

いろいろな三角形

 (1)と(2)からすれば,疑ってみる必要があります。例えば,(い)や(う)の形も「三角形」だと認めてくれるでしょうか? これら3つの形を「三角形」だと言えるには,そうです,何かに注目して,何かを無視しなければなりません。そうならなければ,「三角形」という概念を「わかった」ことにならないのです。一体何に注目して,何を無視するのでしょう??ぜひ,ご自分でお考え下さい。学んだことを実践しましょう! それが「わかる」ことへの第一歩です。

参考文献  荒井龍弥 「概念学習」 平成7年度福祉心理学科の心理学実験用教材プリント,1995

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