【学習サポート】
[誌上入門講義]
こころの健康と福祉 ?精神医学の立場から?
教授
佐藤 光源
●精神分裂病の呼称変更
ご承知のように,昨年までは精神分裂病という古い病名が使われていました。しかし,この病名が知れると婚約を解消されたり,復職できなかったり,友人を失うといったことさえありました。精神分裂病と診断されると家族は悲観して自分の至らなさを責めたり,恥辱感を覚えたりすることもありました。欠席するときに出す診断書の病名に「精神分裂病」と書かれているのと「中耳炎」と書かれているのでは,みなさんも異なった印象をもつのではないかと思います。精神分裂病の患者さんに「何をするか分からない危険な人」「精神が分裂してしまった人」「一生なおらない病気をもった人」とイメージをもつ人も少なくありませんでした。その上,「精神分裂病」という診断名そのものが人格否定的な響きをもっていたのです。それは,1937年にこの病名が登場したころから続いた「座敷牢」や精神病院への隔離や拘束といった非人道的な処遇の歴史と,有効な治療法がないまま「不治の病」としてきた古い精神医学が大きな要因となっていました。それに加えて「精神が分裂してしまう病気」を直感させる「精神分裂病」という病名は,それ自体が患者さんやご家族を失意させるに十分なものでした。こうした精神分裂病に焼きついたsecond illnessのためにますます不安やストレスが募り,それが病気を悪くするという悪循環が続いていたのです。こうした偏見と差別は,患者さんだけでなくご家族や精神医療?精神保健福祉のスタッフ,さらには精神科の関連施設にまで及んでいます。
そこで日本精神神経学会は昨年8月に「精神分裂病」という病名を廃止し,新たに「統合失調症」という病名を採用しました。同時に1937年から続いた古い疾患概念を現代の新しいものに変更し,診断基準も国際的に使われているものに刷新したのです。また,最新の薬物療法と心理社会的な介入をすれば,今ではその過半数が完全に治る病気であることも明らかになりました。その病態もこの四半世紀の精神医学の進歩でかなり解明され,脳の神経伝達系の障害であることを示したカールソン教授が最近ノーベル賞を受賞しましたし,今では副作用の少ない新世代の抗精神病薬が使われるようになりました。もはや原因不明,不治の病の精神分裂病ではなく,病態がかなり明らかにされて治すことのできる統合失調症になったのです。これを機に「精神分裂病」時代のスティグマを解消し,回復した人の社会参加を促進しようと,幅広い活動を展開しています。
本学の大学院生とごく最近行った全国調査によりますと,今年3月の時点で,診断書に書かれた病名の約8割がすでに統合失調症に変更されていることが明らかになりました。患者さんへの病名告知率も,精神分裂病の時代には20%以下でしたが,大幅に増加してきています。この病名変更によって患者さんや家族に正しく病名を伝え,病気や治療について十分に説明し,当事者と医療および福祉関係者が分かり合った新しい精神医療,保健福祉活動が展開できるのではないかと期待しています。
このように病名を変えて疾患概念を刷新し,そうすることでスティグマを解消し,回復者の社会参加を促そうという試みは,実は日本独自のものなのです。それは国際的にも注目されていて,2年後にカイロで開かれる第13回世界精神医学会でこの独創的な試みがどのような波及効果をあげたのか報告する特別企画のシンポジウムが予定されています。
以上,こころの健康と福祉についてお話ししてきました。こころの健康は福祉の基本であり,医療と福祉は障害者のノーマライゼーションを目指している点で一致していることを指摘しました。人々が幸せになることを願う福祉学にあって,こころの病気に対するsecond illnessを解消することの365体育投注_365体育备用网址-【唯一授权牌照】@性についてもお話ししました。21世紀を「こころの世紀」にするためには,福祉とくに精神保健福祉の発展が不可欠なものとなっています。本学で福祉学を研鑽されるみなさんのご活躍に期待するとともに,この東北福祉大学を起点にして全国,さらには世界に向けて展開する新しいこころの福祉に大きな期待を寄せながら,私の話しを終わりたいと思います。ご静聴ありがとうございました。
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